夏には色々な思い出がある。春夏秋冬で行くとバランスよく思い出はあると思うのだけれども、特に夏が来ると夏の思い出を思い出すのだが、他の季節ではあまりこう言う傾向が見られない。何故だろう?
また、夏の思い出は恋愛に関するものが多かったりする。
『全部、暑さのせいだ』
ワンナイトでも純愛でも、失恋でもなんでも、恋愛は恋愛。
今回は、僕がまだ成人になりたてだった頃の思い出。
僕は福島に仕事で常駐していた。毎日タクシーで客先に行ってタクシーで帰ってくるセレブな生活。もちろんこれには理由があって、お客様先への交通アクセス手段が車しかない場所にあった工場だったから。
みんな駅から出ているシャトルバスか、マイカーで通勤していた。車で移動するとお酒が飲めないって言うマイナス面があるが、今もあるかどうかはわからないが地方では”代行”と言うサービスが主流で、帰りは代行サービスに車を運転してもらい帰ると言うものだった。
さて、僕は工場で工員としてものを作るのではなくて、工場のシステム自体を作る仕事をしていた。新人だったし先輩の言うことは絶対だった。暴力も暴言もなく平和だったけれど、みんな0時まで当たり前に働いていた。年間で会社に申請した残業時間が999.75時間だった思い出があるので激務であると言えば激務だ。
でも楽しかった。0時に仕事が終わってからタクシーで自宅付近まで帰りそこからスナックに行くのが毎日の習慣になっていた。先輩と毎日のように飲んでた。そんな中僕がよく行っていた店がある。店の女性は3人。キャバクラとは違いスナック。若いねーちゃんがちやほやしてくれる店ではないが、女性の年齢層は若かった。カラオケも併設しており(当時はなかなか珍しかった)、店が閉まる時間にはカラオケで布施明の「そっとおやすみ」が流れる洒落た店。
その中の一人に恋してた。物凄い恋愛感情というわけではないが、同い年で、趣味嗜好も一緒。話もすごく合う。一つ意見が違う部分があるとすれば「味噌汁に入れる具」だけだったように思える。
でもその子目当てに通っていたわけではない、他の女性たちも充分魅力的で話していて楽しかった。
二日酔いにはハイチオールCが良い事を知ったのもこの頃だ。
”物凄い恋愛感情”と書いたが、先輩と一緒に行った時に先輩がムードメーカーになってその子も先輩とキャッキャ話しているのを見てて嫉妬心が芽生えたので確実に恋愛感情はあったのだろう。
ある時、その子にCDを貸すと言うイベントが発生した。音楽がサブスク全盛の時代では考えられないだろうが、当時はスマホなどはなくて音楽はCDを音楽ショップで買ってCD再生プレーヤーで聴く事しかできなかったんだ。なので、当時は”CDを貸す”と言うのが女性と会う口実になっていたのも事実。”貸す”場合、”返してもらう”と言うイベントも同時発生するので、実に効率が良かった思い出がある。
さて、ここまで読むと「CDは店の中で貸し借りすれば良いではないか?」と思われないだろうか?正直、僕も今思い出しながらこのエントリーを書いていて「なぜ店内でCDを貸し借りしなかったのか?」と言うのが思い出せない。
ただ、その子がCDを借りに昼間に僕の部屋にくると言うイベントがあったのは事実。
僕の部屋はあくまでも会社に借りてもらっている仮暮らしだったので、部屋にはテレビと冷蔵庫、CDプレーヤーしかなった。インテリアなるものは全くなかった。もちろん、寝具はあったが。
ある夏の暑い日。休みの日の昼下がり。その子は僕の部屋にやってきた。店に出るような格好ではなくてTシャツというラフな格好。ヘアメイクしていないのかキャップを被っていた。
部屋のチャイムが鳴る。その子が来た。
僕はジェントルマンであろうと思った。部屋に連れ込んであれやこれやするつもりは無かった。うぶだったんだろうし、経験も少なかった。
ドアを開け、その子の顔を見ると僕は用意しておいたCDを渡し、ドア越しで「んじゃ!」と別れを告げた。その子は「あ、カフェラテ買ってきたから飲んでね」と言ってコンビニで買ってきた袋を渡してくれた。
「ありがと」
ドアが閉まる。いや、ドアを閉めた。
冷蔵庫にもらったカフェラテを入れようと思った。コンビニの袋の中には同じ種類のカフェラテが2つ入っていた。
きっと、その子は僕に好意を持っていなかったとしても、僕の部屋に上がって一緒にカフェラテを飲みながら話す覚悟はあったんだと思う。男性の部屋に一人で女性が入るって事は相当な覚悟を要する。その子もそれをわかっていた筈だ。
「僕はバカだ」
すぐに後悔した。でも時間は戻らない。その日の夜、そのスナックに行った。
その子は表情ひとつ変えずいつものように接してくれた。
なんか自分がいかにバカな男だったのかを再確認した。女性はやっぱり強い。
半年後くらいに僕は福島を離れることになり、東京の丸の内で仕事をしていた。
夜の20時にまだ福島に残っていた先輩から電話が入る。
「おい、あの子、今日で店辞めるってさ。お前来れないか?」
正直行きたくて行きたくてしょうがなかった。丸の内にいたので、急いで東京に行って新幹線に乗れば福島に行けた筈だ。でも、仕事は忙しかったし、先輩(マネージャ)からの許可は降りなかった。
数時間たち、僕は当たり前のように終電で帰った。おそらく福島の店はもう閉店している「そっとおやすみ」が流れた事であろう。
もう二度と会うことはできないんだな。
風の噂でその子がお客(洗濯屋だったらしい)と結婚したと言う話を聞いた。
もし、あの時、CDを貸す時、僕がその子を部屋に招き入れ一緒にカフェラテを飲みながら談笑できていたらどうなっていただろう?
過去の事は考えないようにしている。
ただ思い出は大切にしたいし、その子には幸せになってほしい。
その子は僕と同い年だったから、もう46歳だ。子供もいるだろう。そう考えると「きっと、それがその子にとっての最良の選択だったんだろうな」なんて思う。
2021年7月23日。
東京ではオリンピックが始まる。物凄い数の物言いがついているトラブルだらけのオリンピックはそれでも前へ進む。
また、夏が始まる。
僕は、前を向いて歩く。