前回から、1年経ってしまいました。また、アドラー、思うほどはやりませんでした。僕的には物凄く為になったのですが。って事で今回は最終回、対人関係論です。
劣等コンプレックス、優越コンプレックスという言葉がアドラー心理学にはあります。
結局、人間は誰かと比較して、自分の地位を確保しようとします。
普通に考えると、劣等はマイナス、優越はプラスですが、実はベクトルは「他人と違う」という同じベクトルだったりします。
「俺、年収1000万円だぜ」と言う優越コンプレックス。(お前らは、400万円だろ?)
「俺、身長も低いし、年収も低い。いいよなお前らは」と言う劣等コンプレックス(だから、俺を構ってよ。)
”対人”と言う意味では、「人とは僕は違う。だから特別なんだ」と思いがちです。
でも、「自分は自分」なんですよね。
ちょっと哲学的な話になりますが、自分の価値を見出すには誰かと比較することによってしか判断できません。
「誰々よりはマシ」という優越コンプレックス。
「誰々より私はかわいそう」という劣等コンプレックス。
この前に書いた劣等感にもよりますが、結局、誰かと比較して自我を保つのが今までの僕たちです。
でも、僕たちの生活は人と共に生きていけなければいけません。
その時に「俺、今日定時で帰ってるから何か言われないだろうか?」=劣等コンプレックス
「俺、誰もいないオフィスでまだ徹夜して働いている」=優越コンプレックス
を感じているのではないでしょうか?
でも、どちらも、他人からしてみれば、「へー?そうだったんだ。」
そんなレベルなんですよ。
あなたも思うでしょ?別に意識していない人が早く帰ろうと、残業しようと「えー、そう」のレベル。他人には無関心だったりするんですよね。
それと同じく、「あの人に嫌われている。そりは合わない」みたいな人もいるでしょう。友達なら切ればいいですが、ビジネスパートナーとしては、無碍にするわけにはいきません。
でも、ドライに行けばいいんですよ。「嫌われてるけど、仕事をする上で仕方がない」と。
ちょっと別な話をしましょうか?
真面目な人ほど「誰からも好かれよう」とします。八方美人って奴ですね。誰からも慕われたい。
でも、AさんはBさんが嫌いで、BさんはAさんが嫌い。そんな状況で両方から「私、A(B)さん嫌い。許せない」と言われたらどうしましょう?
社会で生きる上で、結構「誰が誰を嫌いだけれど、仕事上仕方なく付き合っている」と言う事があります。
その時、あなたは何と答えますか?
結局、最後は自分がAさん、Bさんどちらかが嫌い、もしくは、「ふーん、そうなんだ。僕はそうは思わないけれどね」と言う事になりますよね。
結果、あなたは最悪、両方から嫌われるかもしれませんが、対人関係なんてそんなものです。
大事なのは自分。自分の本来の心。嫌われたってしょうがないじゃないですか。全員から嫌われても、自分だけは自分を好き。くらいの感覚で行きたいですね。
その心で生きる”勇気”、それが大事なんです。物凄くエネルギーを使いますが、結果はスッキリするものですよ。
以上、アドラーシリーズはここで〆としたいと思います。