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メジャー7

maj7:トニック音に対して7度の音を加える事(通常の7thは♭7度を指す)

パチスロという娯楽を知っているだろうか?ようはギャンブル。コインを3枚入れてレバーを叩くと3つのリールが回る。それをボタンを押して止めていくというシステムで、(大概)7が3つ並ぶとボーナスとなる。だが、なんぼ狙っても通常7は揃わない。内部制御で7のフラグが成立したら揃うのだ。これを打つ人は「リーチ目」とか、「入った」とか言う。

僕は本業は普通のサラリーマン。収入は平均。28歳、独身。会社の寮に入っているので食事には困らない。

ギターはあるけど車は無い。パソコンが友達。そんな僕。
趣味と呼べるのか、仕事帰りや、休日には大抵パチンコ屋でパチスロを打っている。依存症と言えば、それまでだ。

ギターを長く弾き続けている人は左指の先端が堅くなる。そうなって、やっと一人前のギタリストだ。だが、ぼくの左指の先端は…ふにゃふにゃだ。ギターはチューニングもしていないし、埃を被っている状態。その代わり、僕の左手の人差し指と中指の第一関節にマメが出来ている。ここだけ固いのだ。

理由は簡単。パチスロのボタンを押す時にそこの部分を使うからだ。ギタリストを求めていた僕はギターを練習する時間より、パチスロをする時間の方が多かった事になる。何をやってるんだ?俺。

パチスロはギャンブルである。だから実際のお金が増えたり減ったりする。日本の法律上、勝った分を現金で貰う事はできないので、カウンターで特殊景品を貰って、店の外にある特殊景品取扱店(?)にそれを出して現金化する。

ギャンブルは胴元が勝つものである。それは知っている。でも、些細な事のストレス発散になったり、たまに大きく勝ったり(10万円勝ったら、あなたならどうする?そんな世界なんだぜ。)、大きく負けたり(5万円負けたら、明日からどうやって暮らす?そんな世界なんだぜ。)、まぁトータルすると確実に負けているんだけど、たまに大きく勝つ事があるから依存してしまうんだろうね。「宝くじ」は買わないけど、パチスロはする。それが俺の信念。自分の力で勝ちを手に入れたい。同じギャンブルでは競馬・競輪・競艇があるけれど、それは場所が限られているし、データが膨大すぎて難しい。
そして何より、賭ける金額の上限が無いのだ。「1000円負けたから、次は2000円賭けて取り戻す。…」そんな堂々巡りはごめんだ。

パチスロは予算を決めればそれなりに遊べる娯楽だ。ただ、10000円と決めていても、負ける時は10分(!)で無くなるので、予算を決めて長く遊べるか?といえば、それなら競馬とかの方がいいだろう。

ここで話を戻そう。パチスロは3枚のコインを入れて遊ぶと書いた。1000円をサンドに入れると50枚のコインが出てくる。その50枚のコインを使って、3枚ずつ入れて遊ぶんだ。ただ、50を3で割っても余りが出る。風邪薬で「1回3錠。100錠入り。」残りの1錠はどーすんだ?の世界。つまり、1000円なんかじゃ遊べないですよって事なのだろう。

ただ、無限に金を持っているわけでは無い。だから、結局1枚や2枚のコインが余るケースがある。それを下皿(パチスロで当たったコインが出てくる場所)に置いておくと、他の人が「まだ、この台には誰か座っているのか?」と思う事があるので、大抵の場合は、台の横や、腹が立っている場合は、床に投げ捨てて帰るケースがほとんどである。

さて、ここからが、本編。
ギャンブルには”げんかつぎ”がある。有名なのが、他の人がボーナスを成立しているのに押せない(パチスロは、成立していても”7”の絵柄を狙って押さないとボーナスが成立しないのだ。だから、初心者やおじーちゃん、おばーちゃん(それにしても、なんでおじーちゃんとかおばーちゃんが多いのだろう?)は何度もボタンを押しては揃えられないでいる)場合。
そんな時、2種類の行動が考えられる。「可哀想だから代わりにそろえてあげるよ」「そんなの自分で押せ」だ。
”げんかつぎ”の場合、「他人のボーナスを成立させたら、自分の運を吸い取られる。だからやだ。」「押してあげればいい事をしたのだから、僕にもいい事あるかも?」となる訳だ。これは結構有名。

僕の”げんかつぎ”は先に述べた「落ちている余ったコイン」である。僕はこれを「ラッキー/アンラッキーコイン」と呼んでいる。ようは、そのコインを使って(厳密には落ちているコインは店の物なので使ってはいけないんだけど。そうするとさっきの他人の目押しをするのも違法になってしまう。ある程度、暗黙のルールなのだ。)

落ちているコインを拾う時、僕は「これは?ラッキーコイン?アンラッキーコイン?」なんて思ってしまうのだ。
勿論、そんなものは幻想、つまり自分への言い訳だ。拾ってしばらくして当たったらラッキーコイン。ハマったらアンラッキーコインって訳。

ある日、そんな残ったコインを1枚、ポケットに入れて外に出た。そこから僕の物語は始まる。はたして、このコインはラッキーコインなのだろうか?アンラッキーコインなのか?…それはのちにわかるんだけれども…

「なぁ、バンドやらないか?」山下がおもむろにそう切り出してきた。山下とは大学の同期で、今はコンピューターの会社に勤めている。大学時代に一緒にバンドをやった仲間。ただ、オリジナルはやらないで、ユニコーンやミスチルやゆずをかき鳴らしただけだけど。

ここは居酒屋。僕達大学時代の同期は時々週末に集まってただ飲むだけの会通称”同期飲み=DN”というのを定期的に開いているのだ。大学を卒業してから、ずっと(まぁ、頻度は少ないが)DNを繰り返しているって事はすでに6年もやっている事になる。まぁ、続いているって事は仲が悪いという訳ではないのだろう。だからと言って仲良しって訳でもないが。

飲んでいる時は大抵バカ話で終るが、たまに仕事論を話したり、彼女がいるヤツを(憧れながら)冷やかしたり。まぁ、そんな所だ。

その上での「なぁ、バンドやらないか?」である。ただの冗談やネタの一つだと考えていたんで、「君はやりたいやりたいっていうけど、じゃあ、誰が曲作るのさ?28歳にもなってコピーするの?」と冷静に回答すると、驚いた事に「曲ならある。コード進行だけだけどな。ストックが20曲になったので、晴れて君達を誘う事にしたのだ。」と、山下は鞄から一冊のノートを取り出した。驚く事に、そこには歌詞(恥ずかしいものが多いが、これは後で直せるだろう)とその上にコードが書いてある。驚いたのは、augやdim、maj7などの高度なコード(しゃれではないぞ。)まで書かれているって事だ。大学時代は冗談で曲を作ったりするときでも、メジャー、マイナー、7th、sus4くらいしか弾けなかったのに。

「まんざら冗談って訳ではないんだな。」と話すと、「これらの曲をコピーしてきたから弾いてみてくれ」と数十曲をコピーしてクリアファイルに入れた物を渡してくれた。「これはお前の分」、「そしてこれが田村の分、で、これが橋谷の分…」、「おいおいおい!ちょっとまてよ!」田村、橋谷が口を揃えて言った、「俺は楽器なんてできないぜ。」田村よそれが正論だ。橋谷しかり。

山下は焼酎をぐいっと一口飲み、「メンバー探すの面倒なんだよ。っていうか同期でバンド作るのって夢だったんだ。ギターは難しいから、田村はドラム、橋谷はベースをやってもらおうと思う。そして、お前はキーボードとギターだ。ボーカルは勿論俺。」と一気に話した。28歳にもなって何をしようって言うのか?俺達、社会人だぜ。第一時間が無い。山下はそれを知ったかのように続ける。「練習は土日を使おうと思う。月曜~金曜までは個人特訓。土日で合わせてみるって寸法だ。その為にはまずはお前を除いて、基礎が必要だな。田村はこれ、橋谷はこれを読んでみてくれ。」山下が渡したのは、”かんたん!初心者の為のドラム入門”と”かんたん!初心者の為のベース入門”であった。山下め、こんな所まで準備していたのか。用意周到とはこの事だが、問題は山下以外誰もバンドに賛同していないって事だ。

「楽器はどーすんの?」橋谷が山下に問いかけた。おいおい、橋谷やる気あるのか?「ベースはね、俺が高校時代に20000円で買ったベースがある。まぁ、音がいいとはいえないが、無いよりはマシだろ?それを貸すよ。なんならあげてもいい!」おいおい粗大ゴミ排除って訳か?

「橋谷はいいよ。俺はドラムだぜ?それも会社の寮8畳1部屋だ。ドラムなんか叩ける訳ないだろう?」おいおい、田村もかよ、こりゃ本格的にやる事になるかもだ。「ドラムってのはな、タオルをドラムの位置に配置して叩く…となんかの漫画で読んだ事がある。」お前の知識は漫画か!?

「で、どーすんだよ、やってくれるの?」そりゃー、俺だってパチスロして金減らすより楽器をやっていた方が良い。幸い大学時代のギター(フェンダーJAPANのテレキャスター)とキーボード(KORGのX5D)があるので、俺は楽器の準備は不要だ。

「じゃ、一回弾いてみてよ。で、来週、一回ミーティングね。って来週の予定とか入ってる?」おいおい聞く順番が逆だろ。と思いながら誰も予定が入っていない28歳、悲しいネ。

帰宅して、ギターのチューニングを久々に行い、アンプを通さずに(ここは寮だから、アンプなんかで鳴らしたら隣人が怒鳴り込んでくる)もらったクリアファイルから何曲か弾いてみる。だが、ここで問題が発生した。おれはmaj7やaug、dimのコードが弾けないんだった。音楽理論なんて知らないからな。まぁ、maj7は7thで代用して…augとdimは一旦無視しよう。曲の感じを掴む事が大事だ。

まず、弾いてみるタイトルは「駅員は何も知っちゃいない」なんちゅータイトルだ。テンポは”すばらしい日々みたく”。おい、テンポを他の曲のテンポで知らせるな…と言っても、俺もメトロノームは持っていないのでテンポを書かれても困るところだった。”すばらしい日々”はユニコーンの名曲。大学時代にコピーしたもんだ。で、そのテンポで一通り弾いてみる。どっかで聞いたようなコード進行だったけど、曲になっていた。

他にも、「落ちてきた」「一家」「ホームラン」などタイトルは相変わらず意味不明だが、曲としては成立している。でも、山下、いつの間にこんなに曲を作ったんだろう?俺がパチスロしている間に山下はこつこつ曲を作っていたのか。感心すると同時に自分が情けなくなるよ。

ただ、弾いていて、イマイチおかしいところがあるな。と思ってすぐに気付いた。maj7とかaug、dimのコードで弾いていないからだ。俺が悪い。俺は、久々に歌本を買って(これ系の本を開くなんて何年ぶりだろうか!)、コード一覧表を見る。28歳になってギターの勉強をする事になるとは。

コード通りに弾くと、なるほどこのコードじゃないと意味が伝わらない事が良くわかる。
休みの日にコード一覧表と、山下の曲とにらめっこしながらギターを弾いていた。とにかく、ギターを弾いていたんだ。

5109185

あれから2週間が過ぎた。最初の週末に合同練習するつもりだったのだが、山下に急な休日出勤が発生してしまい、「自己練習頼ム」との事であった。山下の勤めているコンピューター会社は残業や休日出勤が多い。可哀想だと思うが、その分給料を貰っているのだろう。と、言う話を前にDNで話したときに「俺も会社が厳しいみたいでさ、サービス残業だよ。」とこぼしていたのを思い出す。本当に可哀想だ。ってー事で誰も集まらず自己練習。しているうちに、飽きてきた。音楽をやるのには、「誰かと一緒にセッションしたい」って欲と「誰かに聴いて欲しい」って欲が原動力だ。今は一人でヘンテコな歌詞の曲をコード弾きしていても正直ツマラン。

次の週末。つまり今日なのだが、これまた集まりは無かった。理由は簡単。山下がスタジオを取り忘れたのだ。山下曰く「忙しくて、前日にやっと電話したのだが、予約で一杯だった。」との事。山下は忙しいので責める事はできない。俺はいいとして、超がつくほどの初心者の田村や橋谷はどんな気持ちなのだろう?まぁ、夜にDNをするので、その時に続けるかの決意表明を聞くとしよう。まぁ100%解散だ。練習を一回もしないで解散。悲しいかな。

で、今、現在、俺はやかましい音の中に溺れている。音楽?いや、違う。悪い癖。そう、俺は今パチスロ屋でパチスロと格闘しているのだ。10000円、15000円と金が無くなっていく。前に、「金額の限度を自分で決めれるギャンブル」と言ったが、これは時間を考慮しない場合。待ち合わせの時間までパチスロで時間を潰すとしたら、それは青天井に近い金額を要求する暴利マシーンと化す。まぁ、当たれば、「続いてくれ!」なのだが、当たらなければ「(なるべく少ない金額で)当たって下さい。」なのだ。さらに悪い事に俺は今、DNの呑み場がある駅まで来ているのだ。18時のDN開始まで、あと3時間。他にする事はないし、他に時間を潰せる場所が無いのだ。

残りコインが2枚になった。「あぁ、また追加投資か。」と思ったところで、前に1枚だけ持っていたコインを思い出した。ジーパンに入れていたんだった。俺はジーパンは洗わない主義なので、ポケットをまさぐるとすぐに1枚出てきた。「これで、多分終わりだ。あとは本屋で立ち読みでもしよう。」3枚のコインを入れて、レバーを叩く。するとどうだ。熱い演出が開始された。もうコインは無かったので追加投資1000円は必要だったが、追加コイン計9枚でボーナスをひくことが出来た。「これはラッキーコインだったのか。あとはどれだけ出るかだな。」

待ち合わせまであと20分。僕は特殊景品交換所に居た。結果は…なんと6万円勝ちである。まぁ、投資に21000円使っているので差し引き39000円の勝ちだが。勝ちは勝ちだ。これで今日のDNの金額をちょっと多めにだしてやるか。あと、勝ったコインを1枚だけまたジーパンに入れておいた。「これはラッキーコインかな?アンラッキーコインかな?まぁいいか。勝ったんだし。」

ギャンブルはトータルではまず確実に負けている。だけども、ちょっと勝つと気分が良くなってしまい多めに飲み代を出したり、高価な買い物をしたりしてしまう。これがギャンブラーなんだな。

18時。DNが開始である。都合よく全員集まった。山下がバツが悪そうに、「本当に…すまん。」いいんだ山下よ、少なくとも俺にスタジオの話をしてくれれば俺が予約したのに、だが。「で、練習は進んでいるか?」

生4杯を頼んで、しばらくして、キンキンに冷えたビールで乾杯し、おつまみを注文する。

橋谷は口を開ける「ベースってかったるいな。あれからチューナー?買ってさ、お前に貰った本を読みながら弾いてたんだけど、なんか華が無いんだよな。ボンボンボンボンって。コード?ドレミファソラシドを弾くだけだろ?」おぉ、橋谷よ練習は続けていたのか!
橋谷は続ける「一人でやっててもつまらないよ。」やっぱりそうか。
田村も続ける「俺なんて、タオルたたいてるだけだぜ?音を鳴らした事も無いんだよ?こんな事なら、ゲーセンのドラムのゲームをやっておくべきだったかな?でも、一人でやるのもつまらないし。」 まぁ、結論はこうだ。

-早くセッションがやりたい-

山下は「来週、来週こそはセッションしよう。俺、ちゃんとスタジオ予約するからさ。今から来週の休日出勤は止めと宣言しておく!」

DNはそのまま、カラオケに移行し、山下がアカペラで自分の作った歌を聴かせた。「なるほど、こういう曲なのね?」それぞれ、なんとなく理解した模様。俺にもなんとかわかる。ただ、早くセッションしたいんだ。

…3次会はキャバクラだった。「パチスロで勝った俺がみんなより1万円分多く出す」ってー事でいきつけのキャバクラへ。その頃にはみんな音楽の事なんて忘れていたんだ。

そう、あの事件があるまでは。

今、僕は病院に居る。橋谷も田村も一緒だ。一緒のベンチに腰掛けている。「手術中」のランプが点灯している。山下の手術なんだ。

事の発端は、キャバクラを出てから。俺が何気なくポケットから出したパチスロのコインを落としてしまった。「あ、コイン落ちた。」その程度だった。

だが、山下が「おい、金落ちたぞ!」と拾いに行った瞬間、飛び出してきた原チャリにぶつかって、みごと2~3m空を浮いたんだ。

「あっ!!」3人、同時に声を上げた。周りからは女性の悲鳴。周りの人も集まってきた。原チャリの人間もヤバイと思ったのか、すぐに降りてきた。

「だ、だれか救急車!」橋谷が叫ぶ。

すぐに119番に電話をして、救急車で山下は運ばれた。救急車には俺と一緒に田村も橋谷も乗っていた。救急車に乗るのは初めてだった。「俺だ、俺のせいだ。あのコインはアンラッキーコインだったんだ。それにしても、こんなにアンラッキーだとは。」僕は愕然とした。事の発端は1枚20円のパチスロのコインだったんだ。

しばらくして、手術中のランプが消える。自動ドアが開いて、先生が出てくる。
「せ、先生ー、山下は、山下は…!!」

先生は沈着冷静に「全身に軽い打撲と右腕の骨折です。脳はCTスキャンを撮っているので結果待ちです。とりあえず生命は無事です。」と告げた。

「よ、よかった。」僕は思う。心底思った。”死”について本気に考えたんだ。28歳の僕のリアル。それも、他の人にはわからないかもしれないが、原因は確実に僕。自分でも顔が青ざめるのが解った。

翌日、山下はICUから個室の病室に移った。僕達は朝まで眠れなかった。個室の病室に移った事を聞いて面会に行く。

山下は言う「ろぉ、るぉくきたなぁ~、ぬあんかさぁ、られろれつがまわるぅないのよ。」

主治医の先生は僕達と山下の両親に告げた。「軽い脳梗塞をわずらってます。一部言語障害が出ていて呂律が回りにくくなってます。ただ、生命に問題はありません。」

山下の両親は泣き叫んだ。「息子は、息子はこの後どうなるのですか!?」

主治医は「しばらくリハビリの生活を受けます。打撲と骨折は普通の外科なので、リハビリで元に戻りますよ。言語障害も言語療法っていうリハビリによって、元に戻るはずです。」

なんてこった。一番音楽をやりたがっていた山下の声とギターを弾く右腕を奪うとは。神様はいないのか!?

それにしても、俺はあのコインを恨む。でも、元はと言えば、俺が持ち帰ったコインだ。僕は毎日、山下の病室にお見舞いに行った。そうしないと自分が嫌になってしまいそうで。逃げたくなくて。

山下は元気そうな素振りだったが、「まいったなぁ~、バンドやりたいよ~」とこぼしていた。そうだ、元々、山下は音楽がやりたかったんだ。それで俺達を集めて、一回もまともに練習する前に入院してしまった。

僕は、パチスロをするのを一切止めた。もう、あんなコインを使うなんて嫌だ。

それから、俺はいままでより一生懸命にギターを弾いた。山下が作った、山下の唄を猛練習した。山下の入院は全治3ヶ月らしく、僕は、毎日会社に行き、定時で帰り、お見舞いをして、帰宅後にギターの練習をした。

週末には、田村と橋谷を集めてお見舞いの後にスタジオに篭った。猛練習した。橋谷のベースラインにアレンジを加え、田村のリズムのチェックをした。そして、スタジオにあった8チャンのMTRにその曲を録音し、毎週、山下に持っていった。

山下は、嬉しそうに、「おまえるぁ、だいぶ上手くなったもんだなぁ~。」と言って、「これなら、いつでも俺が退院したらセッションできるなぁ~。」と言ってくれた。

しばらくすると、僕の左手の指の先はカチカチになっていた。

しばらくすると、山下は個室にキーボードを持ち込んで、作曲を開始した。さすがにギターの持ち込みは断られたけれど、ヘッドホンをして、キーボードを弾くって事でなんとか先生に許可を貰ったみたいだ。山下はまだ、個室から一般病棟に移れないでいた。本来なら、外傷はほとんど治っているので、一般病棟に移ってもいいはずなのに。

山下の親から聞いた話、脳出血がまだ上手く治ってないらしい。先生からは万が一の事を考えるようにとも言われたらしく、「なんでうちの子が、何も悪い事してないのに…」母親は嗚咽を漏らしていた。

山下は精一杯元気そうにキーボードを弾いていた。「今度の曲はな、ピアノの曲らんだ。ビリージョエルっていただろ?そう、PIANO MANさ。俺もピアノマンになれぃのもいいかも、な。お前キーボード弾けただろ?お前が弾いて、俺がうたうんだ。」

自分の人生が長くない事を知っていたのかもしれない。必死にキーボードと格闘していた。

きっと、山下は、ソフトウェア会社なんかじゃなく、ミュージシャンになりたかったんだ。誰だって思うさ、夢の一つや二つはある。お前はきっとミュージシャンになるべきだったんだよ。きっと。そしたら、今頃スタジアムを満席に出来たのかもな?、まぁ、曲名と歌詞を変えたらだけど。

山下は、「ついに出来たぞ!」キーボードの曲を録音して、僕達に聞かせてくれた。

曲名は「SongWriter」なんとまともなテーマ。そして、山下を表現するに一番いいタイトルだった。

山下は「いいめろりぃ~ができたと思うんだけど、うまく言葉が合わせられないんだ。」

皆で、その曲を聴く。「♪ランラランラララーラン、ランララランラララーン、ランラランララランラン」って仮メロディが入っていた。

凄く、メロディアスな曲で、maj7のコードが上手く使われていた。

-その後2週間後、山下はこの世を去った。

数ヵ月後、僕達はちっぽけなライブハウスで、唄を歌っていた。山下の作った曲、ボーカルは僕が歌う事にした。次で最後の曲、MC「では、新曲です。これは僕達が大事に大事にしていた、いわばリーダーの唄です。聞いてください。『SongWriter』」

僕はギターを置き、備え付けのシンセサイザーに座り、音源をグランドピアノに合わせた。カウントの後、ピアノのイントロが始まる。そこから発せられた歌詞は、「♪ランラランラララーラン、ランララランラララーン、こんなメロディーはどう?」歌詞なんか無い。メロディー。これが山下の歌詞だ。僕は声を荒げて歌った。空の上の宙の上の山下に向かって。

「なぁ、山下。これでいいんだよな。これが正しいんだよな。」

観客の拍手は鳴り止まなかった。でも、これは僕に対してでは無い。決して無い。こんなロクデナシでは無い。山下だ。純粋に音楽を愛した山下だ。「この歓声をどうやったらお前に伝えられるのかな?」

ライブは終了した。

僕達は日常に戻った。バンドは解散した。山下のいないバンドはバンドではないんだ。きっと。

そして、僕達は日常に戻っていった。僕はもうパチスロは打ってない。僕はギターを練習し、また新しい気持ちにリセットして、新しいバンドを作ろう。田村と橋谷を誘おう。

参考:「Songwriter」by KAN

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