前回は
欲望 -1-
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さて、母親から予想外の300万円が入ることになった。
とは言え、振り込んでもらうってのもなんかお金がなさそうでカッコ悪い。
友人から「1週間後に返すから!」と言い片道の飛行機の切符を手配する。夏休みだから帰省することにした訳だ。もちろん、目的は300万円もらうため。
ある程度お金があるふりをしていた。友人から借りたお金が数万円残っているのでその金で普通の帰省をした。普通に田舎の友達と会える時間は会って酒を飲む。あくまでも自然体。
実家でもガツガツしない。
ある程度勝負だった。帰る金は借りていないのだから……。
戻る予定日の前日、「んじゃ、忘れる前に渡しておこうかね」と母親は封筒を出してきた。
中身はもちろん300万円。
100万円の束には帯がついているのはドラマで見たことがあったが、実際に帯(帯封(おびふう)と言うらしい)がついている札束を見るのは初めてである。
心の中で思う。
(入ったっ!)
でも、あくまでも冷静を装う。
「あんたはやればできる子なんだから、歯なんてすぐに治しなさいよ」
そう言われ、最後の夜を迎える。安心からか飲んでいるビールがとても美味しく感じて少々饒舌になっていたかもしれない。
翌朝、
「私が生きている間に、また帰ってきなよ」
と言う母親の声を聞きながら、僕は空港行きの電車に乗った。
ここで、僕が用意していたお金が尽きた。本当に限界の勝負であった。
ギャンブル運があるとしたら僕は持っている方かもしれない。
空港に着くとすぐに札束からお金をだす。そのお金で飛行機のチケットを買い、僕は戻った。タイトロープデスマッチでは僕が勝ったのだ。
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戻ってまず、する事は一つ。友人にお金を返す事であった。1週間は経っていなかったが返せるお金があるうちに返しておいた方が良い。
友人に返したのち、残った夏休みは地元の行きつけの飲み屋で飲んだ。
急に金遣いが荒くなると怪しまれるので、このお金の事は誰にも言わず、隠し通す事にしたのだ。
– お金があると心が安心する。 –
そんなのスピリチュアルの世界の言葉だろ、と思っていたが、実際に数百万の貯蓄があると心が落ち着き、おおらかになるのを実感すると、まんざら嘘では無いな、と思った。
お金がないと、どうしても小さいことにイライラする。
「金持ちケンカせず」とはよく言ったものである。
心なしか、今までよりも安眠できるような気がした。
夏休みが明けてからの仕事も順調そのものだった。心の余裕ってのはこんなにも違うものなのかと実感した。
お金があるからと言って高額な買い物はしなかった。と言うより欲しいものが無かったのだ。物欲がないのか?
ただ、生活費が足りなくなったときに一部使ったりはしていた。それだけ。
不思議なことに僕を苦しめたスロットにはお金を使わなかった。僕は思った。「楽しいからスロットをしているのではない。金が欲しいからスロットをしていたんだ」
次に訪れる冬、それに向け僕の人生が少しずつ変わり始めるのだった……