僕が物心ついた頃から、Hはそこに存在していた。Hはけっして僕を落胆させることなく沢山の話題を提供してくれた。
だから、僕はHと一緒に居ると楽しいし、飽きる事がない。頭の中はどうなってるんだ?と時折思う事がある位だ。
Hは時代の最先端を知っていた。僕が世の中に疎いだけだったのかもしれない。でも、Hは「今はこういうのが流行ってるんだぜ?」と僕に教えてくれた。忘れもしないのは”インターネット”だ。
「こいつは、日本だけじゃなく、世の中を、変えるぜ」
その時、Hがどういう意味でこの言葉を言ったのか、正直分からなかった。今なら分かる気がするけれど。
Hはネガティブな事をあまり言わなかったし、良い意味で過去を振り返らなかった。常に流行の最先端に立っていて僕を導いてくれた。
そりゃー、僕だって楽天家ではない、ネガティブなイメージを抱くこともある。僕だって人間だ。
でも、それを忘れさせてくれる事もHはしてくれた。ダンスフロアに呼んでくれた事もあったし、カラオケで発散させてくれる事もあった。
Hは有名だったので、きっと刺激を受けたのは僕だけではないだろう。
ただ、ここ10年間、Hは僕に新しい遊びを教えてくれなくなった。Hもトシなのだろうか。スマートフォンをぽんと渡され、「これで10年間遊べるよ」と言ってくれた。
確かに、スマートフォンで友人と連絡を取ったり、ゲームができるようになった。ただ、それは僕がHと出会ってから教えてもらった遊びをどんどん奪っていった。
最近、Hは新しい話題を提供してくれなくなった。僕だけではない、きっと僕以外の人も同じ思いなのだろうと思う。
Hが最後にくれたスマートフォンと言うおもちゃ。
そして、Hが言っていた「こいつは、日本だけじゃなく、世の中を、変えるぜ」と言う言葉。
本当にそうなってしまった。
本心を話すと少しさびしくはある。
みんな年齢を重ねる。僕が1歳トシを取ったらHも同じだけトシを取る。アインシュタインはどう思うかわからないが、時間の流れは誰しも一定だ。感じ方次第。時に残酷でもある。
僕もHも年をとってしまったのだろうか?
人間、年を重ねると感受性が鈍くなる。何が流行っているか、Hは最近話してくれなくなった。
僕もテレビを見る。でも、ワクワクしない。TVゲームもどれだけやっていないだろうか?とにかくスマートフォンがあれば、すべて事足りてしまう。
Hがインターネットを教えてくれてから20年、スマートフォンを教えてくれてから10年。
世の中は驚くほど住みやすくなったが、その分、どこか窮屈になってしまった。これも年のせいだろうか。
Hはいつまで、最先端を走っているのだろうか?僕に教えてくれないだけなんだろうか?わかってる。みんなうすうす感じている。
「Hはもう長くない」と。
ただ、みんなそれを認めたくないだけなんだろ?だから冷静を装っているだけなんだろ?
もうすぐ、Hとのお別れが来る。きっと、そんな遠い未来ではない。
僕は別れを体験し、次の世代につなげなければいけないんだろう。きっとHはそれを望んでいるんだろう。
Hがいれば、すべてが上手く行った。
Hがいなくなったら、僕たちはどうすれば良いのだろう。
年末にちょっと考えてみた。
来年の話をすると鬼に笑われるらしい。
でも、鬼が笑おうが蛇が出ようが、この問題は考えないといけない。最後にHから与えられたクエスチョンなんだろう。
きっと、僕だけじゃなく、それは君とっても、みんなにとっても、同じ、だ。