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比較はしかたないけれど貶しすぎは良くない

ネットをみていると「xx最高!yyはカス」みたいな書き込みを見たりします。あまり気分が良いものでは無いですね。

そう言う時って何かと何かを比較した感想が多いと思うんですけれど、例えば比較するときに10点満点だとして、「9対5」みたいな比較になると思うんですよね。勿論「10対0」と言う比較結果もあるかもしれませんが…比較するって事なのでほとんどそう言うケースは無いと思います(こういうケースの場合は比較対象が違うと思います)。

なんかそれが「10対-10」みたいな感じに読み取れるような書き込みが多いような気がしてて…。

最近、そういう書き込みを見ていてずっと既視感を感じていたんですよ。で、最近それがわかりました。後半になるにつれ思想が強くなっていく事で有名なグルメマンガ『美味しんぼ』の初期の名作(?)である京極さんの鮎の回です。

この回は鮎の天ぷらをテーマに山岡さん率いる「究極のグルメ」と海原さん率いる「至高のグルメ」が戦います。
京極さんと言う人含め審査員達がそれらを食べるのですが、京極さんは途中まで山岡さんの出した鮎を美味しいと言っていたのに(ライバルの)海原さんが出した鮎を食べた途端に(勿論、海原さんの方が比較して美味しかったと言う前提で)「山岡さんのはカスだ」と言い放ちます。

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まさかのカス発言!

最初から山岡さんの出した鮎に致命的な欠陥があり美味しくなかったのであれば仕方ないと思いますが、比較した結果で貶し散らすというのはいかがなものかなぁ?と。
この話は京極さんが生まれた場所の鮎を使ったと言う”思い出補正”も効いていると思うので仕方ないかもしれませんが「山岡さんのも美味しいけれど僕には海原さんの方が凄い好き!」みたいなら良かったのですが、まぁマンガなのでインパクトも重要だったかもしれませんね。

なんかネットの世界(特にSNS)ってこういう人が増えてきているんじゃないかな?って思っています。

例えばお笑いなどの賞レースの点数に対して「王者は最高!2位以下はカス」みたいな言い方はしないと思います。特にお笑いに関しては人それぞれの笑いのポイントと言うのがあるからというのもあると思うのですが…
スポーツとかでもそうですね。「優勝者以外はすべてカス!」ではないですよね。感動をありがとうってものです。

僕個人の意見としては比較する事は良いと思います。買い物とかも比較して自分に合ってるものを買う事は多いと思いますし、テストの結果などをはじめ比較により生まれる劣等感が成長のモチベーションになる事って結構あるんですよね。

例えば、凄くモテない人が凄く努力して(ダイエットとか運動、美容など)イケメンとか美女になるケースも比較(による劣等感)が無ければ生まれないケースが多いと思います。

何でもかんでも比較して優劣をつける事も場合によりけりだと思いますが、だからと言って『みんな平等』とかにすると凄い良い意味には取れますけれど成長が止まるような気がしてまして…。

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