最近、日立を退職してから、twitterで「土下座してでも日立に戻りたい」と言う書き込みをしている人が有名になっていました。
たしかに、退職のブログは”はてなブックマーク”でリアルタイムで読んでおりました。
「日立 退職」で検索するとトップに出てきます。
って事なのですが、この人、研究職につけたようですね。で、研究所にはとんでもない技術者がいると。でも、彼らが日の目に当たる事は無いと嘆いていました。そこら辺はなんとなく共感できます。
彼が書く「日立の良い所」を要約すると、
- すげー技術者がいて刺激的
- 会社のお金で教育や海外研修に行かせてもらえる
- 比較的楽しく仕事が出来る。
- 転職で有利
です。
彼の不満は、自分の技術力が認められなかった所から始まります。
彼は、Linux Technology Center(LTC)と言う所に行きたかったらしいです。「名詞にLTCと書きたかった。」と書いていますからね。彼は社内競争の中で狭き門のLTCを他者に奪われる事になります。
でも、待てば、今の仕事でLinuxを用いて実績を出せば翌年度にはLTC行けたかもしれません。しかし、彼は焦った。なんと会社から任された仕事を勝手にOSS(オープンソース化。無償でソースを公開し、有志で技術を高めていく活動。)してしまった。
OSS自体が悪いとは言いません。しかし、彼は、上司から受けた仕事をOSS化してしまった。つまり、予算を与えられて給与を貰う立場でありながらその結果を社外に共有した訳です。
SEとかでなければ、上長に「説明資料を作って」といわれ資料を作り、「これは、便利だから共有しよう。」とインターネット上にばらまいたと書けば理解してもらえるでしょうか?
OSSと言う活動自体僕は悪いと思わないし、GitHub(簡単に言うとプログラマーがソースを共有し、技術力の共有と底上げをするSNS)に参加する事も否とは考えていません。
問題は、彼個人が個人の名前で会社から帰った後にGitHubに参加すれば良かったのです。会社とOSSの関係を理解していなかった。
例えばGithub上で「日立のエンジニア」と名乗れば「お、日立がGitHubに乗り込んで来たのか?」と思うかもしれません。日立ほどの会社でGitHubに参加する表明をすればそれは大事ですし、歓迎かもしれません。しかし、その為には個人の活動ではダメです。組織を立ち上げ予算を付けなければ行けません。給料がどこから出てくるかが理解できる人にはわかってもらえると思います。
例えばGoogleの8:2ルールとかなら、Githubに個人名で参加しても給料が貰えるかもしれません。でも、今回は日本の大企業です。彼は「あらゆるOSS活動を禁止する」で転職を考えたんでしょうね。例えば僕なら社内SNSならぬ「社内GitHub」を作ろうと思います。
彼は、結局3年(転職には十分かもしれませんが、本当に自分がやりたい事をやるには短かすぎます。)で転職を決意しました。
僕は、技術者として転職するのは「まぁ、いいかもな。」と思いました。
そして、本日(2015/3/30)、朝電車が止まっていたので2chで事の顛末を見ました。
彼、どうにも、国内の別の会社に転職したみたいです。そして、思っていた事が出来ずに壊れた、と。
壊れたと言うのがメンタルヘルスなのかどうかわかりませんが、本当にメンタルヘルスならtwitterやブログなんて書けません。恨み節でしょうか。
僕も日本の大手企業でSEをやっています。時折「なんでこんなことまで。」と思いながら転職を考えた事もあります。しかし、その時の条件は「同じ仕事をするのなら、外資系にでも行かない限り一緒。」です。
どこの大手も結局は一緒なんです。SEなら、プログラムの初期知識を入手したら、すぐにマネージャになり技術を高める事が無く金勘定だけになってしまうんです。
本当に、技術でやっていくのなら、外資系(もしくは海外)にいくか、起業するか、だと思いました。
外資系なら、裁量を与えてくれるかもしれませんが、毎年下位10%はクビです。彼の思う「技術で食っていく」なら絶対に外資系です。
もしくは起業が考えられます。アルファブロガーである@dankogaiさんみたいに、GitHubで名前を売りながらブログをこまめに更新して会社を作り、人脈で食っていく事も出来たでしょう。経営者か技術者かどちらかの選択になりますが、夢はあります。
彼が「最後に」と書いてある所に、「まずは外を見て欲しい」とあります。彼は研究者だから外が見えなかったんでしょう。でも、例えば所謂「意識高い系」の会合に入っていれば外は見れたハズです。現場のSEなら、イヤと言うほど外を見せられます。下請けで凄い技術者がいる事もあります。
彼の失敗は2点
- 「外を見ろ」と言いながら日立と言う大企業の恩恵(裁量勤務、有休消化、福利厚生など)を感じなかった事。
- 日本での「技術の対価」を甘く見ていた事
です。
1点目は言わずもがな。転職前に他の会社の人と話せば、大企業の力、仕事の任されかた、裁量を感じれたハズです。ただGitHubが大企業故に使えなかっただけ。
2点目は大きいです。これは別のエントリーに書こうと思っています。日本の企業(IT業界)は「利益に対する対価」は評価しますが、「技術に対する評価」は驚くほど低いことです。これはどこの大企業でも一緒だと思います。中小や起業した会社であれば「あいつの技術力は大きい」と査定に響くかもしれません。外資系だと「エヴァンジェリスト」と言う肩書きを貰えるかもしれません。しかし、大企業であれば、技術(IT)に対する評価は重みを持ちません。それは評価者が技術者では無いからです。「彼に頼めばなんとかなる。」「トラブルはあいつに任せれば火消しをしてくれる。」と言う評価はあります。(特に顧客からの評価が高いと思います。)しかし、それを定量的にするのは難しいのです。
「日立にはプログラマはいない」と極論する書き込みも2chにはありました。半分事実、半分本当です。事実と書いているのは入社約8年目まで、後者はそれ以降です。大手IT企業も一緒だと思います。
大手はある程度の基本的なIT技術を学んだ後、管理者として行きます。管理者の評価は「売上、利益(納期遵守)」です。実に分かりやすい。彼らはその瞬間、技術を学ぶ事をやめます。だから「歳を取った大手のSE(=管理者)は使えない。」と言われる訳です。
しかし、そんな中にも彼のエントリにあるように、「表面に出ないものすごい技術者」が居るのです。彼らが実は地盤を固めているのかもしれません。けっして表舞台には出ない、出れない。火消ししてもボーナスの査定だけ。怒られる事はあっても表彰される事はない。
それが日本における「技術の対価」です。
彼らは今日も徹夜で火消しをしながら思っているでしょう。「俺らは夜光虫じゃない。日の目を浴びてもいいじゃないか!」と。