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競艇場の思い出

僕の会社の同期にSと言う奴がいた。広島出身で広島訛りが強い奴だった。顔は結構かっこいい方でなかなかモテていたのではないか?と思う。
僕の会社は今で言う一流企業であった。定義は難しいが「今、高卒で入れたらミラクル」と言うくらいの会社である。

Sは子供の頃から親に連れられて競艇に行っていたようで、「今度、平和島(競艇場)に行こうぜ!」とよく言っていた。
聞けば、広島は競艇で有名だったようだ。

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ある休日、僕とSは平和島へと向かった。若い頃から色々なギャンブルはやったが競艇はやった事がなかった。「競艇はのう、最初のコーナーで全て決まるんじゃ。」とSは言っていた。Sは新聞を読みながら舟券を買っていた、僕も付き合いで数百円だけ舟券を買った。
僕が競艇場で思い出に残っているのは実は「ゆで卵」だ。確か1個50円位だったと思う。とても美味しかった。
競馬が”焼きそば”だとすると、競艇は絶対”ゆで卵”である。

と、ゆで卵を食べながら歩いていると警備員に捕まった。「君、いくつ?」ヤバい!と思った。見事に18歳だったからだ。とりあえず「20歳です。」と答えると「何どし生まれ?」と聞かれた。僕は卯年の生まれだが、20だと干支が分からない。パニックになる。これがバレると会社に伝わってしまう。
せっかく入った会社なのにこんな事で補導されたくはない。僕は警備員にタックルをしてそのまま全力で逃げた。

幸い、捕まる事はなかった。走ったのでSとはぐれてしまい、その後Sと合流してから隠れるように競艇を見ていた。

その後、Sは「競艇選手になる!」と言い出した。せっかく一流企業に入ったのに、すぐに競艇選手になるとは。聞くと年齢制限があるそうで、最後のチャンスはどうしても無駄にしたくないらしい。
Sは身長はセーフだったが、体重はオーバーしていた。その後、仕事が終わるとSは自分の寮の部屋で身体を鍛え出した。一日一食。チョコレートのお菓子を食べるだけの生活。
競艇選手になるにはものすごい倍率をくぐり抜けていかないといけないと聞く。おそらくこの会社に入るより厳しい条件だろう。
見事に身体を鍛えながらウェイトを落としたSは無事、競艇選手になり、会社を去って行った。

当時、携帯とかがなかったので、会社を辞めた後は連絡を取るのが難しかった。僕も20歳を過ぎ、競艇も大手を振ってできる年になった。同期がSと仲がよく、たまに競艇新聞を買ってきては「ここに名前載ってるよ。」と見せてくれた。残念ながらSの戦績はあまり良い事もなく、平和島に来る事も少なかったと思う。

数年後、携帯電話に写真を撮る機能がついた頃、Sが結婚すると言う話を聞いた。確か群馬で行われたはずだ。新郎席には競艇選手がたくさんいたが、僕には誰一人わからなった。

その後、Sは競艇選手を辞めて、車のセールスマンになったと聞く。ただ、彼の夢は途絶えたかもしれないが、競艇選手になる夢は叶えたのだから。

最近は僕もギャンブルはほとんどやっていない。Youtubeを見ていると、ユーチューバーが競艇をやっている動画が上がっている。Sが言っていたように最初のコーナーでレースはほとんど決まっていた。

たまには、競艇に行こうかな?なんて思う。ゆで卵を食べに。

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