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「外の天気はどうだろう」
灰色の壁に囲まれた窓のないここで煙草を吸っていると、ふとそんな事を考える。
ここは、君のいる会社の研修ルームの喫煙所だ。
君は今、自習の時間になったので、すぐさま煙草を吸って時間を潰しているって訳。いつもの事だ。
そうして、君は今日１２本目の煙草を燻らせている。
「あー、またここで煙草吸ってる。本当に煙草好きだね。」
女の子が話し掛けてきた。
同期の女の子だ。
「彼女は福島出身だっけ。」
今は新人研修中。
僕達はこの四月に入社したばっかりの新人って訳なのだ。
「うん、だって自習って言ったって、直ぐに終わるような問題だし、とりあえずの一服。」
君はどちらかと言えば、頭のいいほうだ。要領がいいって形容したほうが正しいかもしれない。
そして、彼女につれられ、また教室へと戻っていくのであった。
-2-
君は彼女に恋をしていた。
場面は一年前、入社試験までさかのぼる。
君は田舎の北海道から単身、横浜の試験会場に来た。
試験は前日入りで、待ち合わせ場所は横浜のホテルになっている。
君は比較的早い時間に待ち合わせ場所についた。
周りにほとんど人はいなかったが、何人か田舎臭いヤツが見られる。
「あぁ、こいつらも一緒の試験なのだな。」
そういう君も、北海道から出てきた田舎者の一人なのだが。
そんな中に彼女はいた。
彼女は化粧もせずに、いかにも田舎の高校生って感じで入り口の前に立っていた。
君は遠目で彼女を見ながら「かわいいなぁ」なんて、素朴に考えている。
君はこの就職試験をきっかけに、今の彼女と別れていた。
別に嫌いになった訳ではなく、ただ遠距離恋愛が上手く行かないような気がしていたからだ。
「新しい恋、か。」
君は既にそんな事を考えている。
横浜には、いや都会にはそんな空気が流れていた。
田舎とは違う。
明らかに違う何かがあった。
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新人には残業がない。
仕事が無いからだ。
ただ、定時内に教育を受け、そして帰るだけ。それで給料が貰えるんだ。楽なもんだ。
だから、必然的に、定時後は、物珍しげに横浜を探索したり、飲み会をしたりする。
飲み会。
普段は仲のいいグループ数名で飲むのだが、たまには同期で飲もうぜって事で、君はみんなを誘う。
そう、君はどちらかと言えば、同期の中での中心人物。みんなを引っ張っていくほうだ。
必然的にみんな”飲む”との答え。
それに、少しだけ君は優越感を感じている。
そう、君はそういうキャラクター－ちょっとみんなとは違う行動をとりながらも、常に中心にいるような人物－に酔いしれていたのだ。
-4-
飲み会の日が来た。
金曜日だ。
同期の７割くらいが集まっている。
あとの３割は、どちらかというと、”まじめ君”。そう、目立たなくまだ集団生活になれていないような人間だ。
君はお酒に強いほうだ。
同期の中では１、２を誇る酒豪だ。
そして必然的に飲む。
みんなワイワイ飲む。
まだ、不安も心配もない。
親元を離れて、自分のお金で、自分のリズムで生活することが出来る。
飲み会から、２次会のカラオケボックスに移動する道の途中、君は必然的に一番先頭を歩いていた。
なぜなら、カラオケボックスの場所を知っているのは、君と他数人のいつも飲んでいる連中しかいないからだ。
彼女は後ろの方にいる。
同期のヤツと仲良くやっている。
その瞬間、君は突然目立ちたくなる。
ただでさえ、目立つキャラクターなのに、よりいっそう目立とうと考えたのだ。
そして、次の瞬間、君は電柱を登っていた。
酔いのせいもあってか、高くても恐怖心はまったくない。
そして、君は壊れた。
ちょっとだけ、壊れた。
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君達の男子寮はお世辞にも綺麗とはいえない。
どちらかというと汚い部類に入る。
でも、利点もある。
部屋が広いって事と、入り口が沢山あるので、女の子もノーチェックで寮に入ることが出来るのだ。
ただ、共同便所なので、女の子は少々困る事になるが…
でも、君の階はほとんど同期なので、別に特別気を使う必要はない。
カラオケが終わった後、みんなでお酒を買い込んで寮に移動する。
もちろん同期の女の子達も一緒だ。その中には彼女もいる。
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ある友達の部屋でみんなで飲む。
部屋が広いといっても、７～８人も入れば部屋はギチギチとなる。
そんな中で飲む。
そして、疲れた、眠たくなった奴らから個々に部屋に戻っていく。
いつもの事だ。
そして、僕は自分の部屋に一旦戻ろうとした。
いや、現実には一旦戻ったのだ。
で、そこは僕の部屋。たしかに僕の部屋なのだが、同期のほかのヤツが眠っていた。
同期の女の子と一緒に眠っていた。
ドアを少し開けただけなので、眠っているのか、起きているのかは解らない。
ただ一つ言える事は、
僕には戻る場所はない。
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共同トイレに腰をおろし煙草を吸っている。
昨日から数えれば、もう６０本は越えているだろう。
そう、行き場を失った君は
共同トイレに腰をおろしてひたすら朝まで煙草を吸いつづけている。
空が明るくなっていくのが解る。
壊れた君は、
壊れたまま、
行き場を失って、
なぜか、トイレにいる。
なんなんだ？君は？
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明け方、同期の中でも特に仲の良かったヤツの部屋へと移動する。
泊めてもらおうと思ったからだ。
さすがに若くとも、ずっとトイレで煙草を吸っていれば体がもたない。
でも、それも出来なかった。
ヤツの部屋には、彼女がいたからだ。
ヤツと彼女は同じベッドに入っていたからだ。
「そういう事か。」
君は当たり前でないものを当たり前のように感じるように、精一杯平静を保ち、またトイレに戻っていった。
彼女を狙っているのは、君だけではなく、他にもいたのだ。当たり前だ。
それに、ヤツはかっこいい。
彼女のほうがヤツに告白したのかもしれない。
まぁ、今となってはどうでもいい事だ。
そろそろ朝が来る。
-9-
曇天模様のなか、みんなはまた横浜に遊びに行くみたいだ。
もちろん、彼女とヤツも一緒だ。
君は一緒に北海道から出てきた友達と遊ぶ約束をしている為、そのグループには合流せずに、別の道を行く。
多分、約束が無くても、君はみんなと一緒に横浜には行かなかっただろう。
そこらへんが、君の君たる所以なのだ。
-10-
「外の天気はどうだろう？」
君はまた、煙草を吸いながらそんなことを考えている。
教室に戻り、外を見ると雨が降っていた。
全てを洗い流すように。
そして、君たちは、それぞれの部署に配属され、仕事をしていくのだろう。
長い、そう、例えるなら、長い修学旅行はもうすぐ終了する。
そうして、君は煙草を吸い終え、教室に戻っていく。
彼女とヤツがいる教室へ。
”まじめ君”がいる教室へ。
みんながいる教室へ。
－了－
