「あなたはやればできる子だから」
母親の口癖だった。
高校の成績は中間。中の中。まさに、何もやる気が起きなかったけれど、母親は怒る事無く常にその口癖を言っていた。
その後、僕はギリギリで見つけた職業を見つけ親元を離れて上京した。
仕事にはやりがいがあった。若さもあったのだろうか?周りは「起業だ!」「ベンチャーだ」なんてそう言う言葉で溢れていたけれど、僕にはどうでも良かった。ネットでSNSで知らない人と繋がり、架空の自分を演じていた。
ワンルームで過ごして、10年たち僕は1LDKに引っ越した。貯金はなかったが、10年働けば少しは良いところに住めるんだな、と思った。
ある夏、僕は予定がなかった。会社が「休め」と言う夏休み。ブラック企業では考えられない。しかし、友達も数えるほどしかおらず、そのほとんどが帰省か彼女と過ごしていた。そりゃそうだ。夏だ。何もしないなんて勿体無い。
「帰省しようかな?」とも思った。田舎に帰ればある程度の高校時代の友達がいる。ただし、その友達も結婚してしまっている。家庭に入った友達は高校時代の友達よりも、奥さんと奥さんの親戚付き合いを優先する。
世の中そう言うものだ。そう言う風にできている。子供が生まれ、育児に励み、友人よりも大切なものを見つけて行く。
……と言い訳ばかりを書いたが、正直お金がなかったのだ。帰省するお金すら無かった。原因はスロットだ。若い頃に先輩に連れられて大勝ちしてから、暇な時はスロットをするようになってしまった。スロットは簡単だ。友達がいなくても時間を潰せる。
ある程度のお金があれば、それよりも大きなお金を稼ぐことも可能だ。さらに職場では独身の男性がスロットの話題をしている。”スマホゲーよりもスロット。女は水商売”。ある程度底辺の考え方といえば底辺の考え方だ。
僕はこの夏休み、すっからかんになった。夏休みはまだ7日間ある。ギリギリ、毎日食べるだけのお金は残しておいた。そこだけが僕が「やればできる」点だ。
ある時、母親から電話があった。
「今年の夏は暑いって聞いているけれど、あんたのところは大丈夫かい?」
いつもの今の話題からだ。
「そういえばさ、あんた結婚しないの?」
「そんな相手いないよ」
「……そうだよねぇ。そう言えば、私もそろそろ終活しようと思っててさ」
「え?まだそんな年齢じゃないだろ?」
「まぁ、まだ10年は生きるさ。でも、そろそろ財産を整理しようと思っててさ、ちょうどあんたの定期預金が満期に達してさ。どうする?500万円」
500万円?
僕は驚いた。僕は定期に積み立てたつもりはない。母親が勝手に僕名義で積み立ててそれが満期に達しただけだ。
「んじゃぁ、そのお金を老後に使えばいいじゃない」
「まぁ、そうだけれどさ、私も自分の資産ってのがあるんだ1000万円あるよ」
さらにびっくりした。
両親は僕が幼い頃に離婚していて、母親は借金しながら僕を育ててたと思ったからだ。僕が高校を上京して早めに親元を離れたかったのはそう言う意味もあってだ。
「なら、安定じゃん。10年は生きれるよ」
「でもさぁ、私は不安症だからさぁ、後1000万って気持ちになっちゃうんだよねぇ」
僕は悪い気持ちが働いた。
「最近さ、歯科矯正ってあるだろ?インプラントって奴さ。俺も最近虫歯がひどいからやろうと思うんだよね」
「高いって聞くけれど、いくらくらいだい?」
「多分300万円位だと思う」
「じゃあ、あんたの定期預金をそれに使えばいいんじゃない?」
「いいのかい?」
「あんたの金じゃないかい。いいよ。」
僕は、そのお金に甘んじる事にした。
「300万円手に入る!」
ある夏の事である。
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