オンラインサロンとかで例えば月額3000円だとして、サロン加入者の感想で「学びがあります!3000円の元は取れました!」みたいなのがあります。
そう言うのを見ると「学びで元を取るってなんだろうなぁ?」っていつも思うんですよね。
例えば、小説が800円で売っていたとしてそれを買って読んで読後感として「800円の価値はあった。元は取れた!」なんて感想はないですよね。
あと、食べ放題でも「元は取れた」って言うのがあります。例えば”飲み放題2時間1980円”とかがあったとして「うーん、飲み物1杯500円だとして4杯飲めば元を取れるな」って言う感じは湧くと思うんですよね。「俺あんまり飲まないから元取れないや、飲み放題やめる」って言う選択肢もあると思います。
でも同じように高級なお酒で1杯1980円のウイスキーがあったとして、それを「元を取れるかな?」って感覚で飲む人っていないと思うんですよね。「美味かった。これを飲んだら他のウイスキーは飲めないほど」とかって感想はあると思いますが「僕には合わなかったです。元は取れなかったかな?」なんて感想はないと思うんですよね。(”合わなかった”までは普通の意見だと思います)
寿司もそうですよね、「お寿司食べ放題」は「元を取った」って表現はあると思いますが、一流寿司店で「元は取った」って言う表現はしないと思います。
逆に、売る側としては”元を取る”ってのは簡単です。原価(材料費、人件費など込み)を売り上げが上回った店から、”利益”が出るので、「元は取った(損は0になった)」と言う表現が出来ます。「いくらから利益が出るのか?」ってのを“損益分岐点”って言うグラフで表すことが出来るんですよね。
でも、勉強や学び、芸術に対して”元を取る”って言うのは違うと思うんですよね。
仮説として、原価が明確でないものに対する反応として”元を取る”のは違うのかな?って思います。
音楽を聴いて「元を取った」なんて言わないですし、美術館に行って「元を取った」なんて言い方はしないはずです。これは「僕には合わないなぁ」って言う表現はしますが「損をした」って言う表現はあんまりしないと思うんですよね。
あとは「元をとる」って言うのは販売者(売る側)の言い方だと思うんですよね。先ほどの”損益分岐点”が発生する場合です。
先ほどの飲み放題2時間1980円を例にとりますと、
・原価=1980円
・売値=500(1杯)
なので、500円x4杯 > 1980円となり、4杯以上の売り上げ(4杯以上飲む事)があると利益が出ることになります。この場合の損益分岐点は4杯で、それ以上飲むと”元を取った”と言うことになると思うんですよね。
なので、オンラインサロンで受講者が「3000円の元を取った」って言うのは
・原価=3000円
・売値=???
なので、損益分岐点は存在しません。売値が無いからですそれを自分で勝手に”3000円以上”と仮定しないと「元を取った」とはならないんですよ。多分そういう人は自分で自分を納得させようとしているので、月額が10000円でも「元は取った」と言うでしょうね。
もちろん、学びがあったとか仕事に役立つ知識をオンラインサロンで学んで、それが実務に役立った上で収入が3000円を超えたら「元を取った」と言っても良いでしょう。
でも、そう言う世界じゃ無いですよね?
「このオンラインサロンに入れば月額1万円の収入が見込まれます!すぐに元は取れますよ!」なんて言ったらそれは”情報商材”ですからね。
なので、食べ放題ならまだしも、オンラインサロンで「元は取った」って言う表現って変だし、そう言う表現をしている状態は”情報商材ビジネス”に参加していると思った方が良いのじゃ無いかぁなぁ。なんて思ったりするんですよね。
とにかくオンラインサロンの参加者で「元は取った」って言うのはおかしく無いか?と思ったので分析して見ました。
では。